たとえば、という女がどんな女か説明しろと言われたら、何から喋ればいいか分からないくらいの要素がある。と思う。
身長は低い。足は細い。手も小さい。あと細い。あと白い。胸は小さいが、美乳タイプ。脱がしたことねーからはっきりは言えないけど。
子どもっぽい。歌が上手い。裏通りの女と仲がいい。仲がいいと言うか可愛がられてる。裏通りの女たちの妹みたいに扱われているが、
ガラの悪い客が出たら何処にだって駆けつけてボコるのが の副業。表情がコロコロ変わる。感情表現が多いせいで、それが演技なのか本心なのか見えないときがある。
人に触れるのが好き。ハーフブラッドブリード。
何百と言う鉱石の刃を背中に、身一つで戦場で立っている は、何処からどう見たって世界の敵だ。
まさか世界を救おうとしている人間には、全く見えない。あいつが味方であることを安心することがある。
そして、時々立っている女が、本当に なのか分からなくなるときがある
不安になる。ライブラに所属したのは、俺よりも先。会った時、 は18歳のガキだった。
ああ、なんだかこのガキもきっと壮絶な人生歩んできたんだろうなぁと他人事のように思った。
銃弾の嵐の中、まっすぐ先を見据えて、俺の手を取って走ったこのガキは
けして幸福なガキではないと思った。その時、俺だって16のガキだったけど。

「なぁに。考え事するなんて珍しいじゃないザップ」

裸で俺にすり寄る愛人の一人。長い金髪に指先を埋めて引き寄せれば、赤い唇が俺に噛みついた。
そういえば、 の髪は真っ黒だ。真っ黒。闇を吸いこんだような黒い髪。

「なんて?ザップが考え事?そんなことあるの?」

転がってる俺にのしかかってくる別の女。
俺だって考えることもあるんだよと笑えば、きゃぁきゃぁと甲高い声を出しながらシーツの中に潜ってくる女を引き寄せて、触れたり触れられたり。
なんでこうもあいつの姿が浮かぶのか。
多分、これまで全く感じたことが無い感情だが、多分、これは恋というやつだと、思う。思う?

「・・・わっかんねぇなぁー」
「何が?教えてザップ」

女を連れて、その他大勢の女が集まってるホテルに向かう途中のバー。
ビヨンドもヒューマ―も集まるそこで、ドレスを着て、馬鹿みたいにでかい花を頭に付けて、似合わねぇ、赤いリップ塗って歌う を見たからだと思う。
伏し目がちに恋の歌を歌う は、いつもギャーギャーと喰ってかかるあんな表情は一つもなくて、
自分の知らないあいつをありありと見せつけられて、しかもその姿は、俺以外の誰かのためのあいつであって、
そのバーに居る全員を蹴散らして、撫で切りして、俺のために歌って欲しいと、そんなアホらしい衝動まで生まれるくらい、綺麗だと、思った。
でも、泣いて笑って叫ぶ がこの舞台に立っている よりずっとずっと価値のあるものだとも、思った。
泣いて笑って叫んで、俺の名前を呼ぶ は、俺のだと。

「ザップ恋してるのね」

腕の中で笑う女がそう言った。

「あー?恋??ありえねーよ。アホらしー」
「駄目よ、駄目。そんなに茶化しちゃだめ。大事なのよ、それ」
「あり得ねぇって!」
「自分の気持ちに嘘つくのは駄目よ、ザップ」

甘やかすように、諭すように、頬にキスする女。
この女だって、俺のことが気にいってる訳だし。
俺だってこの女が気にいってるからここに居るわけだし。じゃあ恋ってなんなんだ。

「ザップ、貴方が思い浮かべる女の子が、もしここに居たら、貴方、その子をここで抱けるの?」

がここに居たら。あり得ないけど、派手な下着付けてすり寄ってくる を他大勢と一緒に抱けるのか、どうか。無理だろうな。

「無理だな」
「どうして?」
「あー・・まず色気がない」
「ほんとに、貴方は可愛い人ね。真面目なこと言えないんだから」
「変なこと言うなよ」
「その子が鳴いてる声を、女でも男でも、自分以外の誰かに聞かれたくないでしょう?」

そうなのだろうか。暗闇の中で、 の事だから、ばたばばた泣きながらひゃんひゃん言って、色気の一つもなくて。
でも必至に俺にしがみつくであろう。
想像でしかないが、その姿を、声を、表情を、誰かに見られるなんて、そんなことは、きっと許せることじゃない。
黙りこんだ俺の頬を撫でる白い指、俺の上にのしかかってくる裸体。

「しばらくここに来てくれなさそうね。寂しくなるわ」

ちゅう、なんて馬鹿みたいに子どもみたいなキスが、降ってきた。



意識が女どもの声で浮上した。
何が楽しいのか、きゃぁきゃぁと喋るのはいつものことだが、それが一層大きくなったからだ。
誰か来たか。どっかのホテルで仕事を終えて、ここに帰ってくる女もいれば、ここから出勤する女だっている。
俺はもう少し眠っていたかった。が、昨日、子どもみたいに扱ってきた女が
金髪を揺らしながら、かすれた声で『起きた方がいいわよ』なんて言うから、しぶしぶ起きてぼんやり天井を見つめていた。
誰かが言った。『 。昨日から、ずっと頭を離れない名前だ。
幻聴まで聞こえてくるとか終わってるだろうが。と思ったら。このベッドルームにつながる立った一枚のドアが開かれる。
ワンピースがふわりと揺れた。いつだったか、現場に着てきて、旦那に可愛いと褒められてたヤツ。見間違えるはずはない。

「ゲッ!!!!」

最悪だと思った。右に金髪、左に赤髪を侍らせて、俺はベッドの真ん中に居るわけで。
は、一瞬、目を丸くして。それからため息をついた。
サンダルのヒールは敷き詰められた絨毯が音を吸って、ワンピースの裾だけが揺れる。
ベッドのにまで土足で上がってきて仁王立ちする 。不機嫌そうな顔。最悪だともう一度思った。

「ザップ」
「ななななななんでおまえここに!」

似合わないだろ。こんなとこ。煙草と薬と酒と女の匂いが充満する。怠惰な部屋にお前は似合わない。

「こう言う時に、ぴったりの台詞を私、知ってるの」

の足が、シーツからはみ出ている俺の腹筋めがけて刺さってきた。薄く笑う の顔は少し番頭の顔に似ていた。

「40秒で支度しな」

ぐりぐりぐりぐりと、ヒールがみぞおちに打ち込まれていって、痛いと主張するも、全く聞きいれてもらえず。
笑う女どもをかき分けて、服をかき集めてシャワールームを目指す。
一緒にシャワー浴びるのー?なんていう女。一度は断ろうとも思ったが、自分の髪から煙草や薬や酒や女の匂いがして思い直した。
馬鹿らしいと自分でも思うが、 に、これは、似合わない。こんな匂いをまとって、あいつの隣には。立ちたくない。
シャワーを浴びて、適当に頭を拭いて、服を着て、なんてしてたら男の面倒を見たがる女が
どっかからドライヤーを持ち出してきて、勝手に頭を乾かしてくれた。
早く、ここからあいつを連れ出したい一心でシャワールームの扉を開けたら、瞬きするよりも早く、ナニカが自分の目じり向かって飛んできた。
壁に刺さったソレを確認する前に、次のナニカが飛んでくる。
目の前には俺の携帯を持った、 がいた。電話の相手は番頭だろうか。

「残念なことに。だって、私、ザップのこと大好きですしー」

ね?と微笑みかけられて、まじでやばい、と。こええと。もう帰りたいと。
お前のことを思ってそれなりに急いで出てきたのに、何故こんな目に合わなければならないのかと。
そんなことばかり頭に浮かんで、というか。カチンとくるだろこんなもん
番頭から何か言われたのか、不服そうに声を上げる の手を引いて、部屋を出ようと出口を目指そうとすると、金髪の女が

「大事にしなきゃ駄目よ」

なんて言った。なんだ。それ。なんで来ないことが前提で話されてるんだ。
しかし、聞く前に がギャーギャー言うもんだから俺もむかついて言い返しているうちに、扉は閉められ、廊下に閉めだされた。

「てめえ!そもそも戦闘術じゃねぇ魔法を脅しに使うな!!!!」
「だって、せんせいはよく人を脅すのに魔法使ってたし」

横で立ちつくす に後ろに乗れと言えばスカートだから、といいだし。
誰もてめーのパンツなんか見たくねぇよと言えばまたぎゃーぎゃー言うので無理やり抱き上げバイクの後ろに乗せ自分もまたがる。
電話を不可抗力ながら無視した事を考えると、誰より先に現場に着かなきゃ番頭に氷漬けにされるような気がする。
この魔女にも、師匠らしき人がいるらしく。その人はスウェーデンの雪山の何処かで生きているらしい。
はヴァンパイア・ハーフであり、錬金術師であり、魔女だった。よくわからねぇし、はっきりしたことは聞いたことはない。
壮絶な人生なんて、HLに居れば転がっているのだ。誰が可哀想とか。そんなことは、俺達にはどうだっていいことだから。

「てめっ、あとで 覚えてろよ!!!」
「・・・・・生きてたら・・・」

バイクを運転しながら後ろを向いて反論したら、 が顔を青くして指差した先を見れば、
ああ、今日もHLではなんでも起きるなぁというような風景が広がってたりする。
それから朝飯を食って来なかったことを後悔した。



相変わらず、は圧倒的だった。
血液から鉱石を生みだし、銃弾の代わりに鉱石の嵐が敵に向かって飛んでいく中、
は串刺し、蹴散らし、空を飛ぶ。その間中、スカートがふわふわと揺れて、それが視界の端に移り気が気でなかったが
こっちはこっちで、レオを守りながら戦っていたので、途中から が何処で何をしているか把握できなくなっていた。
14時間経過して、瓦礫の山が出来た。 も圧倒的だったが、やっぱり旦那はもっと絶対的だ。
息もあげず、怪我もせず、瓦礫の風景の中に。立っていた。
いつもと違うところと言えば、毎日新品みたいに汚れ一つない服を着ているのに、服が煤で汚れているということぐらい

「む。 は何処へ行った?」
「あー?あー・・あー・・・?途中まで西側で戦ってて・・おい。レオ!あいつ何処に居る?」
「すいません。もー義眼使えないです」
「ハァァァァ?俺の後ろで隠れてた陰毛くんはどのタイミングだったら活躍してくれるんですかねえぇえええ?」
「うるせぇ!SS先輩!!!!!!でも、 さん何処にいるんですかね・・」
「あーあー。ちょっとその辺り捜してきますわ」
「じゃあ、みんなお疲れ!撤収だ。ザップ、ちゃんと を連れてきてくれよ」
「へーい」



は、西側で瓦礫の上で立っていた。周りは、煙と煤だらけだ。

「大丈夫かよお前」
「だいじょうぶじゃない」

舌足らずな声でそう投げやりに答える 。「クラウスさんが褒めてくれたんだよ!」と笑っていた、ワンピースは泥だらけになっていた。
倒れそうだな。と思って手を伸ばそうとしたら、 はぐしゃりと瓦礫の上に座り込んだ。
「お前、ほんとにどっか怪我でもしたか!?」
「ざっぷ」

慌てて駆け寄って腕を引っ張るが、立ち上がる気力もないらしい。
俺もしゃがみこんで、 の顔を見る。足か腰に怪我でもしたんだろうか。
うつむく が何か言ったが、何を言ったかは、サイレンの音で聞こえなかった。

「私、ザップのこと、すき、みたいなんだけど」
「あ?」
「ザップがすきなんだけど」
「・・・・は?」

満身創痍だった。 も俺も。だから頭なんか全く動いてなくて、きっと も自分が何を口走ったか分かってないだろう。
こういう時、どうすればいいか、全く思いつかなかった。どうすりゃいい。
女から告白されるなんて当たり前の日常の中で、女じゃなくて。 が、何か。言った。疲れ切った脳では処理が追いつかない。
は、まるでいつも通り、何もおかしなことは言っていないといった顔で、するすると言葉を発していく。

「ザップのこと、好きになったら絶対不幸になるなぁって思ってて。思ってたんだけどなぁ・・・クズだし・・・でも好きだなぁって。どうしようか。」
「ど、どうしようかって・・ 、なんでお前、頭でも打ったか・・・よりにもよって」

よりにもよって。なんで俺なんだ。俺じゃダメだろ。煙草も薬も酒も女もするような男じゃ。だめだろ。お前。そんなの全然似合わないだろ。
もっとちゃんとした、ちゃんとした奴じゃないと駄目だろお前。
それが、レオでも旦那でもスターフェイズさんでも。弟弟子である魚類だって、いいけれど。俺じゃ、俺じゃダメだろ。

「そうだよね。そうなんだよねぇ・・・裏切られたり、一人ぼっちになったり、そういうの、駄目なんだよ。
怖くて、だから、ザップだけは好きならないって、思ってたんだけど、ザップはきっと、女癖治らないでしょう?死ぬまで遊び続けるでしょ?やだなぁ」

脳みその処理が追いついてないのは も一緒らしく、疲れ切った顔で、そんなことを言う。
なんだかどうだってよくなった。そうか。そうだな。俺じゃ駄目だろうけど、俺は が好きなんだ。
理由は笑顔とか歌が上手いとか俺の名前を呼んでくれるとかいろいろあるけれど。
それは全部、後付けで。理由とか、そんなことに縛られる気持ちではない。そうか。これが恋とかいうヤツか。
沈んだ顔をする 。今更、自分が馬鹿なことを言ったと自覚したんだろう。
音も立てずに、一筋、涙が流れた。煤で黒くなった頬を洗い落とすように涙が落ちて行く。お気に入りだったワンピースは泥だらけだ。
どうしようもなく。可哀想で、愛おしい。好きだ。好きなんだ。百戦錬磨の俺が、ティーンエイジャーみたいなことしか考えられなくなって

「おまえ・・・あー・・・泣くなよ」
「うるさいっ、しねっ」

抱き寄せれば、簡単に、小さな体は腕の中にすっぽり収まった。
髪からは、火薬やら血やら煤の匂いがした。これまで抱いてきた女の誰だってこんな匂いが染み込んだやつはいなかった。
こいつには、似合わない。こんなに冷たい匂い。似合わないと分かっているのに、何処か他の女と一緒でいてほしくないと思ってしまう。
冷たい匂いを身体にまとっていてもミーアはこんなに暖かい。 が少し身じろぎして、俺の方を見上げた。
金色の瞳が涙で揺れている。海に移りこんだ月みたいだ。
百戦錬磨の俺が。キスするタイミングなんて完璧な俺が、馬鹿みたいに緊張してた。
少し切れた、薄い唇。子どものキスみたいな、下手で最悪なキスだった。
けど、でもそれは。価値のあるものだとも思った。恥ずかしいことばかり考えていて、嫌になる。

「・・・・・・あたらし、い、わんぴーす、かって」
「おーおー、給料入ったらなー」
「つぎ、おんなのこと、あそんだら、殺さずに、きょせい、するからね」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・お、おお」
「あと、」
「まだあんのかよ、こっちも満身創痍で死にそうだからまとめて言えよお前」
「ザップ、私のこと、すき、なの?」
「愛してるんでしょー」

愛やら恋やら口にするよりも抱いた方が早いとか思ってたから。
もうそんな馬鹿みたいに正直な言葉何ぞ、俺の口から飛び出るなんて思ってなかったから、顔に血が集まって、爆発しそうになって。
もうなんていうか、死にたくなる。
は真っ赤になった俺の耳を見て、笑った。