最近流行りのビヨンド生まれの女性(?)シンガーの曲がけたたましくスマートフォンから聞こえていた。
目が覚めて、ぼんやりして、あーいい曲だなぁなんてベッドの中で転がる。
それから飛び起きて、スマートフォンをとりだした。
画面には、頬に傷の入った色男の盗撮写真と、名前が表示されていた。

「・・・おはよう・・・ございます・・・すたーふぇいずさん」

駄目だ、全然、全く持って舌が回らない。
ぼすん、と背中からベッドにダイブした。
給料ためてすっごくいいベッドを買ったから、昔の軋むようなバネの音はしなかった。

「きょう、しゅっきんでしたっけぇ・・」

時計を見ると、8時。家に帰ってきて、シャワーを浴びてベッドに入ったのが6時。2時間しか寝ていない。

『ごめんね、違うんだ。君は出勤じゃないよ、
「じゃあ、世界の危機ですかぁ」
『それも違うかな。HLは今日も小競り合いと爆発音と血なまぐさい事件でいっぱいだが、別に世界が終わりそうな気配もなく、いい日だよ』
「じゃあ寝ててもいいですかー・・明け方まで店に居て、仕事してて・・」
『知ってるよ、でもね本当に悪いんだけど、ザップに連絡をとってくれないかな』
「電話してくださいよ・・」
『出ないんだよあいつ』

ザップは度し難いクズ野郎だが、会合からの連絡を無視するような男でもない
あ、いや、女性とベッドインしてたら話は別か

「死んじゃったんですかねぇ」

ごろん、とベッドの上で寝がえりを打つ。あー気持ちいいなーなんて思って瞼が重くなってきた

『さぁ。まだあいつの遺体が出てきたって話は聞かないかな』
「なんで私なんですか」
『@君ならあいつの居場所が分かるからA君からの連絡なら彼は聞きいれるからB彼は君が好きだから』
「@チェインでもクズの居場所は分かりますAクラウスさんの連絡でも聞きいれます。
B本当にアレが私のこと好きなら、一遍に4人も5人も女の子とベッドの上で遊びません。サヨナラ」

言っててむなしくなってきた、やだやだ!クズの話はやめよ!
今日はゆっくり寝て、美味しいもの食べて、ペディキュアを塗り直すんだ!

『わー!待ってくれよ!C!C番!』
「まだあるんですか」
『C君もザップが好きだろう』
「おやすみなさぁい」
『…頼んだよ、

と、スターフェイズさんはそれだけ言って電話を切った。
天井を見つめて考える。このまま無視して、スターフェイズさんに怒られちゃえばいいだとも思う。
だって、だって、女癖悪いし。ヒモみたいな生活してるし。クズだし。色々クズだし。
お金とかいろんなところで巻きあげてるし、なのに年中金欠だし。クズだし!
でも、でも、本当にほとほと自分が嫌になるけど、ほんとに、私は、そんな彼が好きなんだと思う。
理屈とかそういうことじゃなくて。ザップ見てたら、「あー好きだな」って思ってしまうのだ。最低で最悪な状態だ。
戦っている彼は、無言で、背中で語る彼は、本当に、本当に、かっこいいのだ。
2歳年下で弟みたいに思ってた男の子が、男性になっていて、なんだか世界から置いて行かれた気になった。 ああほら、駄目だ、と気持ちにブレーキをかけた時にはもう遅かった。
恋は落ちるものだと、言葉通り。落ちはじめたら、もう止まれない。
ため息をひとつ。時計を見る。めいいっぱい時間かけてメイクして、一番、素敵なワンピースを着よう。
どうせ、彼は全裸でまつ毛がきらきらでお胸も大きな女の子を侍らせているはずだから。 せめて負けないように、と自分に魔法を掛けよう。



あー、やっぱりクズだなぁって。思う。HLにある思いつくバーに連絡をすれば白髪褐色のクズなんてすぐに見つかった。
ライブラを本職と言っていいのか、それともこっちの仕事を本職と言っていいのか分からないが、とりあえず私は、時々、HLにあるバーの舞台で歌っている。
まだHLがギリギリNYだった頃に、情報収入も兼ねて、シンガーのバイトをしていたのが始まりだ
本業は世界を救う秘密結社の工作員。なんだろうこれ。007かな??
そんなつてで連絡をとったら、あるホテルの一室が浮かび上がった。
ふわりと広がるワンピースの端が風を捕まえるのも気にせず、いつもより少し高いヒールを履いて、階段を上がる。
トップレスな女性が廊下で私に声をかける。中には顔見知りもいた。「またうちの店で歌ってねー」なんて言われたりもした。
ドアを二回ノック、金髪で赤い唇の美人がドアを開けた。

「やだぁ、どうしたの?」
じゃない!ワンピースよく似合ってるわ、素敵」
「なぁに?って言った?一緒に遊びましょうよ」

私を囲ってナイスバディな女性が私の頬にキスしたり髪を撫でたり腰を抱えたり。
正直言って、夜の世界に生きてる女性は幼いころから割と知り合いが多いせいで、
知り合いの知り合いの知り合いみたいな感じで、私の顔と名前は結構広がっている。そのせいで仕事は上場だ。

「ゲッ!!!!」

右に金髪、左に赤髪を侍らせて、ベッドの真ん中でいる男。
私はヒールのまま、ベッドに上がる。彼は横になっていて、私は、ベッドの上に立っている訳だからものすごく違和感を覚える。
いつも彼に見下ろされてるし。

「ザップ」
「ななななななんでおまえここに!」

このために高いヒールを履いて来たのだ。
「こう言う時に、ぴったりの台詞を私、知ってるの」

褐色の鍛えられたお腹をヒールで踏む。部屋に入る直前まではこんなにも憤りなんて感じてなかったのになぁ、いつものこと、いつものことなんて思ってたのに。
ぐりぐりとかかとをみぞおちに押し込めるように踏みながら、この間レオ君と見た日本のアニメーション映画を思い出していた。

「40秒で支度しな」

足の下で『いたいいいたいいいたいいいいたいいてぇって!!!!』と言っているが別に私には関係のないことだ。
二時間しか寝てないのに、こんなクズのためにここまで連れて来られた私の身になれ。馬鹿野郎。
ゴロゴロと転がりながらベッドから降りたザップは下着や服をかき集めながらシャワールームに消えていった。

「ねぇ、誰かザップの携帯知らない?」
「アリーが持ってた」
「ディアンナが触ってたわ」
「そうだ、メアリーが電源切ったって」
「ジュリアン、あなたその携帯何処へやったの?」

わいわい、わちゃわちゃ、女の子の手から手へと運ばれてきた携帯は電源が切られていた

「これからザップの携帯の電源は落としちゃ駄目よ」
「はぁい」
「なぁに?はそのせいでここに来なくちゃならなかったの?」
「その通り。」

電源ボタンを長押しして、電源をつける。
金髪のトップレス女性がロック画面という期待を裏切らないこの感じ!
あーやだやだ!ロックを解除。スターフェイズさんに電話。

『お、ザップか』
です」 『見つけてくれたんだな』
「ええ、今、着替えさせてます」
『……一応、聞いとこうかな。あいつ生きてる?』
「今から死ぬ予定です。」

親指の爪で指の腹を撫でるように切るとふわりと私の血が空中に飛んだ。
少量の血液から少しずつ形を作っていく鉱石の数々。
色は様々。あお、あか、きいろ、とうめい、くろ、しろ
魔方式と錬金式を同時に脳内で組み立てる。私は、血法や血闘術の使い手ではないけれど、
世界で一番最悪な魔女の弟子で、世界で一番天才的な錬金術師の弟子なのだ。
魔法を使うときはいつもそうだ。
右手を目の前にあげて、もう一度指を鳴らす。
ぱちん
乾いた音と共に現れた色とりどりの鉱石が鋭い刃物となって、ザップに向かって飛んでいく。
悲鳴もあげられないザップの雰囲気を感じ取ってか、電話越しでスターフェイズさんがため息をついた。

『あー・・・・言い方を変えよう、まだ息してるかな?』
「残念なことに。だって、私、ザップのこと大好きですしー」

茶化して言って、ね?ってザップに微笑みかける。
ザップのこめかみ2ミリ横に刺さった赤色の鉱石は、血法を使う時のザップの瞳と同じ色だ。
ザップはびっくりするくらい真っ青になっていた。でも彼、肌が黒いから青いって言うか、変な色になっていた。

『うん、そうだね。仲がいいのは素敵なことさ、さて、ザップと一緒に今からいう住所に来てくれないか?』
「えーっ!今日、私、非番っ!」
『世界を救ってくれよ、お願いだ。』



「てめえ!そもそも戦闘術じゃねぇ魔法を脅しに使うな!!!!」
「だって、せんせいはよく人を脅すのに魔法使ってたし」

大声で怒鳴り合いながらザップの運転するタンブレッタの後ろに乗る。馬鹿みたいに足が長い彼にはこのバイクは似合わない。
私は、それこそあの堕落王がノリと勢いで宝石から害虫まで詰め込んだ宝箱のような人間だ。
身体はヴァンパイア・ハーフ。つまり母親がブラッドブリードの純血中の純血。完全無敵な女性で、父親は人間。
そんな私がブラッドブリードを倒して周る牙狩りもといライブらに所属しているのだから何と言うか世も末だ。
古来、人間とヴァンパイアの間に生まれたモノはヴァンパイアを殺す能力を生まれた時から持っていると言う。
だからなのか、違うのか。母親を殺したあと、弟子入りしたのがこれまた拳で生きるという訳のわからない女だった。
ナイフと防寒具を渡され、雪山で一カ月生き延びろと言うあの修行は、
生き残るには強くあらねばならないと言い放った彼女の持論からやったためでさすが女性で唯一のグレンブリード流血闘術の保持者。
何故か軍隊並みの修行をやることになる。それが齢9歳の悲劇である。
その後、その脳筋軍人の双子の姉であるナイスバディで最悪で天才な魔女に錬金術と魔法を叩きこまれることになる。
さて、同族殺しのヴァンパイア・ハーフは脳筋軍人と最悪と天才を鍋で煮込んだような魔女に弟子入りし、生き残る術と知識を手に入れた。
脳筋軍人から戦う能力を、最悪を詰め込んだ魔女からは血液に魔方式を読みこませて血液を鉱石化させる術を。
そして私は監視もできる、ということで牙狩りという組織にめでたく入隊となる。
それが大体、12歳のころの喜劇。
いろんな事を思い出しながらぼんやりしていると、顔全体でイライラを表現しているザップが振り返って叫んだ。
だが、私は目の前に現れた異常というか日常というかに茫然としてしまい、ザップの言葉には返答できなかった。

「てめっ、あとで 覚えてろよ!!!」
「・・・・・生きてたら・・・」

あ?と私の方を振り返ったザップに対して、指差す先に或るものを見てほしかった。
なんていうか、ビヨンド祭りだ。宇宙船見たいな物がHLのど真ん中にあって、そっからビヨンドがうじゃうじゃ出てきている。そして、明らかに敵対状態だ。
マジカヨーと片言で言うザップと同じ気持ちな私は、とりあえず飛んできた敵の身体を血液から作りだした剣で軌道をずらすことから始めた。



14時間経過して、やっと静かになった。
静かになったのは鼓膜が破れてるからだろうか、いや、そんなことない。
遠くでクラウスさんの姿が見えるし、耳に突っ込んである無線機からはスターフェイズさんの声が聞こえる。撤収だ。

「大丈夫かよお前」
「だいじょうぶじゃない」

ザップがドロドロに汚れた状態でこっちに近づいて来た。
こいつは、きっと撤収したら、新しい女の子のところに行くんだと思うと、悲しくなってきた。
でも、そういう人間なんだ。そしてそれを好きになってしまった時点で、それは本当に最悪なことなのだ。こんなに辛いことはない。
足に力が入らなくなって、がれきの上にぐしゃ、と座るとザップが血相を変えて駆け寄ってきた。

「お前、ほんとにどっか怪我でもしたか!?」
「ざっぷ」

こういうとき、駆け寄ってくれる優しさが嫌い。かっこいい。
でも私は満身創痍で、頭は動いてなくて、勿論、「あ、しぬ」って思った瞬間も14時間の中に何度もあったわけで。
でも駄目だ、と思う。ここで言ったらきっと後悔する。という理性は多少、あった。でもそれは意味がないようなもんだった。

「私、ザップのこと、すき、みたいなんだけど」
「あ?」
「ザップがすきなんだけど」
「・・・・は?」

そんな反応するのはやめてほしい。そんな、そんな。あり得ないみたいな。
そんな反応は、悲しい。でももう感情も頭もついていかないくらい疲れていて、言葉は勝手に紡がれていく

「ザップのこと、好きになったら絶対不幸になるなぁって思ってて。思ってたんだけどなぁ・・・クズだし・・・でも好きだなぁって。どうしようか。」
「ど、どうしようかって・・、なんでお前、頭でも打ったか・・・よりにもよって」

ばたばた子供みたいに涙があふれてもう足も動かなくて、お気に入りのワンピースは煤で汚れてしまったし、もう何もできない。何もしたくない。

「そうだよね。そうなんだよねぇ・・・裏切られたり、一人ぼっちになったり、そういうの、駄目なんだよ。
怖くて、だから、ザップだけは好きならないって、思ってたんだけど、ザップはきっと、女癖治らないでしょう?死ぬまで遊び続けるでしょ?やだなぁ」

私が寂しがりやなように彼だって、寂しがり屋なのだ。だから夜な夜な体温を求めて、母親を探す子どものように、女性を抱くのだろう。
そんなことは知っている。これは恋なのか、どうなんだろう。
寂しいから一緒に居て、なんてそんなそんな、酷いことはない。酷いことを言ってしまったかもしれない。涙腺が、熱くなって行くのを感じた。

「おまえ・・・あー・・・泣くなよ」
「うるさいっ、しねっ」

ぽすん、と抱きしめられて、ザップの肩口に頭を押し付けられた。
こんなに最悪なのに、好きなんだ。私は。最低で、最悪だ。
こんなに度し難いクズなのに、優しいし、かっこいいし、強いし、天才だし、可愛いし。さいあくだ!
顔を横に向けて、ザップを見上げたら、揺れる視界の向こうでザップもこっちを見てた。
その時、キスしたのは、キスしたいなって思ったのはザップだったからだし、キスしてほしかったのが私だったからだろうと思う。

「・・・・・・あたらし、い、わんぴーす、かって」

離れた唇からこぼれ出たのは可愛げのない言葉。

「おーおー、給料入ったらなー」
「つぎ、おんなのこと、あそんだら、殺さずに、きょせい、するからね」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・お、おお」
「あと、」
「まだあんのかよ、こっちも満身創痍で死にそうだからまとめて言えよお前」
「ザップ、私のこと、すき、なの?」
「愛してるんでしょー」

ぐるん、と顔をそむけるザップは珍しく、とってもとっても珍しく、耳まで真っ赤になっていた。

「あー、痴話喧嘩が終わったなら撤収だぞ君たちー」

スターフェイズさんの声が無線機から聞こえてきた。