事務所に帰って報告、そのあと、すこし書類を片付けてを連れて帰宅した頃には辺りはすっかり暗くなっていた。
から返してもらったジャケットを脱いでハンガーに掛けようとしたとき、
控え目に香った香水が、着替えると言って自分の部屋に引っ込んだ彼女の存在を強く主張してきて、なんだか、言葉に出来ない気持ちがわき上がる。

「スティーブンさん!先にシャワー浴びてくださいね」

寝室のドアを開けて顔だけ出したはそれだけ告げると、ヴェデットが忙しそうにしているキッチンへパタパタと走って行ってしまった。
連日の疲れが溜まって、このまま眠ってしまいたい気分だったが、の言う通り、先にシャワーを浴びなければ、夕食を取ってすぐに眠ってしまいそうだった。
浴槽には珍しくお湯が張ってあり、何も言わずとも用意をしてくれる家政婦に涙しながら風呂を上がれば、キッチンで夕食を並べているが出迎える。
ああ。普通の生活。

「ヴェデットは?」
「お子さんのお迎えがあるからって帰りましたよー」

そんな会話をしながら二人で夕食を囲む。ああ、本当に普通の生活だ。
むしろこっちが異常だと思えるような毎日を過ごしているせいで、まるで夢の中にいるような気分だった。
と、言うのは言い過ぎだが、そうやって感じるくらい疲れていると言うことだろう。

「私、お風呂入ってきますから。後片付けよろしくお願いします」

テキパキと僕に支持を出して駆け足で風呂場に消えていくに了承の意を込めて右手を挙げて、綺麗に空になった皿を洗剤につける。
疲れた。ここ一週間、忙しすぎた。ワイングラスを洗いながらカレンダーに目をやると、明日は久々の休日だ。
と休みが重なるのも久しぶりだが、彼女には申し訳ないが何処かに連れて行ってやる気力は無い。朝から泥のように眠り、昼過ぎに起きるんだ。
食器拭きで最後の一枚を拭いて、立てかける。遠くではシャワーの音が聞こえる。
まだは風呂に入ってるらしい。
自分でもどうしてこんなに大きな画面のテレビを買ったか覚えてないテレビの電源をつけて、
ニュースを流し見する。視界がぼやける。ここで眠るなという思考は叶わず、瞼がゆっくり落ちて行く。




「すてぃーぶんさん?」

の声が聞こえる。ああ、起きなければ、目頭を押さえて首を回す。
ゴキ、なんて乾いた音がする。揺れる視界にロイヤルブルーが入った。それから、対照的に白い肌、

「・・・・・・・・・・・・・・・・何してるんだ君は」
「うたた寝しちゃったスティーブンさんを起してますけど。」

思わず目を見開いた。目に飛び込んできたロイヤルブルーのシャツは、まぎれもなく先ほどまで俺がきていたものだ。
そして白い肌とはのふとももだ。
これこそ本当の意味での「彼シャツ」とやらだ。完璧だ。だが、この子は何をしてるんだ。

「どうして俺のシャツを着てるんだって聞いてるんだけどな・・・」
「んん〜、今日の任務で」

の髪はまだ少し湿っていた。
はめんどくさそうに答えながらソファに座っている俺の脚に座る。

「スティーブンさんが疲れてたから」
「うん」
「サービス?」
「・・・・・うん?」
「男の人はこういうの好きって言ってた。」

好きだ。もう最高だ。そりゃあもうまぎれもない真実だが、誰が言ってたんだそれは。
そして膝に乗りかかるんじゃない。もそれなりにハードな毎日を過ごしていたせいで、少し眠いらしくいつもよりほんの少し体温が高いようだ。
ぺたり、と頭が自分の胸に押しつけられた。疲れてるんだこっちは。
だからこんな小娘の分かりやすい誘いに乗るつもりもないし、だいたい、は誘ってるつもりなんかないだろう。

「だ、れが言ってたって?」
「ザップ」
「だろうなぁ」
「スティーブンさんこういうのすき?」
「嫌いな男はいないって君が言ったんだ」
「ザップが言ったんです」

悪戯っ子みたいに笑ったあと小さく欠伸をこぼす
自分がきていたシャツを、きている、彼女。
こんなくだらない光景に乗ってしまうほど、自分は若くは無い。

「んースティーブンさんの匂いがする。」

こんなくだらない光景に乗ってしまうほど、自分は若くないはずだったし、
これ以上ないくらい身体が悲鳴を上げているのに!!!!!!!

「ほんとに・・・・君は・・・・」
「スティーブンさん、ねよ」
「なんなんだ君は!」
「きゃあっ!」

を抱き上げて乱暴電気を消す。暗くなったリビングを抜けて歩きなれた廊下を進む。
は本当に眠いんだろう、自分の肩に頭を置いて、動かない。
いつもより少しばかり暖かくなった体温に、今すぐ寝かしてやりたいと思う自分と
申し訳ないが、煽ったのは君だと考える自分がいた。
暗闇でシャンプーの香りがはじける。
その向こうに、が付けている香水の香りと、自分が付けているコロンの香りがぶつかって、
馬鹿げてる、馬鹿げてる、と呟きながらもベッドにを落とした時にはもう頭なんか動いてなかった。
ベッドに落とされて、眠そうに身じろぎしたを捕まえて、彼女の首に噛みついてやってやっと、彼女は俺の目を見て、
めんどくさそうに、わがままを言う子どもに言い聞かせるようにキスを一つ。

「スティーブンさん疲れてるんでしょう?寝ましょうよ」
「誰のせいだと思ってるんだ!」
「天下の伊達男がこんな分かりやすいハニートラップに引っかかってどうするんですかー」

気まぐれで、自由で、わがままで、寂しがり屋の仔猫に
本当に良いようにされているけれど
それがまた、心地よい。
甘い声が暗闇の中ではじけて消えた。
どうせ明日は昼まで起きないんだ。