「さむい」
不機嫌そうに呟いた声に振り返ると、はしゃがみこんで小さな体をさらに小さくしていた。
そしてこの寒さはお前のせいだと言わんばかりに自分の方を無言で見つめているのである。
流石に俺自身だって寒いのだが、いつからだか、寒さに関して感覚が鈍った。
強くなったのではなく、感じなくなった、と言った方が正確だろう。
次の地点に移動しなければならないのに、彼女は一向に動かない。そもそも作戦会議の時点で不満たらたらだった。
「絶対にスティーブンさんとは組みたくないです」と俺の顔をまっすぐみて言い放ったは最早称賛に値する行為だった。
称賛してやってもいいが人員不足のため、彼女の願いを聞いてやることはできなかった。
「、次の地点に行くぞ」
しぶしぶ、といった様子で立ちあがって、地面に広がった氷の上を歩いて行く彼女。
ヒールに何をしこんでいるか聞いたことはないが、金属の類だろう。
あれで蹴られたザップは、肋が折れたと騒いでいたし、実際折れていた。
「さむい」
うしろから、緩い力で引っ張られて振り返る。
不機嫌そうに眉間にしわを寄せたが俺のジャケットの裾をつかんで引っ張ったのだ。
こうしている間にも別地点ではクラウスをはじめとした仲間が世界の平和のために戦っているのに、この不機嫌なお姫様は急ごうともしない。
「あー。もうわかったよ」
俺だって寒いんだけどなぁ、と一応呟いてみたが、その声は彼女にとっては都合よく、耳には届かないらしい。
ジャケットを脱いで、彼女の肩にかけてやる。がそれに腕を通すと、小さな体をすっぽり包み込んでしまった。
袖からは指の先がかろうじて見える程度だ。俗に言う彼シャツだ。まぁシャツじゃなくてジャケットだが。
これを見ていちいち邪な考えに走る歳ではないが、邪なことをさせても許される歳ではある。
世間の「おじさん」と呼ばれる世代に片足がもう入りかけているのは確かだった。
「スティーブンさんさむくないんですか」
「まぁ・・慣れたかなぁ・・ほら急ぐぞ」
「さむいです」
「分かったよ、寒いんだな。分かった分かった。」
「うううううーさむいー」
一向に進まないの腕を取って、次の地点へ移動する。が、が駄々をこねたせいで、到着が遅れた。
そのせいでそこにいれば対処できたはずだったのに、空から肉片が落ちてくる。
肉片はゆっくりとした空中でそれぞれが人の形を作りだそうとしていた。おかしな薬をつくる奴もいたもんだ。
はめんどくさそうに空を見上げ、ポケットからカッターを取り出してきちきちと歯を出して行く。
その緩い行動を視界の端でとらえながら、空中で凍らした方がいいのか、地面に着いた瞬間に凍らした方がいいのか、と思案している自分がいた。
がカッターで指先を切った。そして手を広げると円を描くように空中にの血が浮遊する。
ああ、もう肉片が落ちて、くる、と足に力を入れたのと同時だっただろうか、円を描いた血液が結晶化し、色とりどりの鉱石へと変化していた。
パチン、が指を鳴らす。乾いた空気を駆け抜けた音と共に鉱石は人型となった肉片の心臓を一斉に貫いていく。
彼女がカッターをポケットにしまう頃には、肉片は全て灰になっていた。
「前は爪で指切ってなかった?」
「あれ凄い力いるし、めっちゃいたいです」
「そっか。で、カッターと。」
「超超レアな金属で作ってもらいました!壊れにくい!!!」
「誰に作ってもらったんだい」
「パトリックはヴィブラニウムで出来てるって言ってましたよ」
「彼の友達にトニー・スタークもしくはハワード・スタークがいるとは知らなかったなぁ。しかしカッターね」
「やばい女みたいですよね」
「だね」
耳元で任務遂行完了の知らせを聞いて、の手を取る。確かにその手は冷たくなっていた。
「帰ろうか。」
「はーい」
きゅ、と緩やかに手に力が込められた。
その力に、やけに自分が生きていることを実感する。