「すきだよ、

一回目は、二人で買い出しに行った時だった。
事務所に缶詰になっていたスティーブンさんを見かねてクラウスさんが「君にしかできない仕事だ」と買い物リストを手渡した。
んでもって「多いなぁ、俺じゃなくてもいいだろ、クラウス」と言う言葉に
黙りこくって汗をかき、凄い形相で思い悩むクラウスに負ける形でスティーブンさんが今週の買い出し係に抜擢された。
私はヘブライ語の書物を訳している途中だったのに、引きずられる形で一緒に買いだし。食べ物から言葉には出来ないようなヤバい薬まで。
表通りから裏通りまで隅々HLを歩きまわって流石に疲れたとカフェに入ったところで、そう言った。

「こないだの続きですか」
「きっと君は俺の事を好きになってくれると思ったんだけどなぁ」
「私はスティーブンさんの事、好きじゃないですよ」

紅茶から立ちあがった果物の香りを嗅ぎながらそう答えると、スティーブンさんは少し笑った。
別に悲しそうにもしていなかったし、嬉しそうにもしていなかった。いや、やっぱり少し嬉しそうだった。

「もっと明確な理由が欲しいな」

と彼が言ったところで何処からともなく

「スティーブン!」

という高い声が聞こえてきた。彼が私ごしに誰かを見つけたらしい。
高いヒールの音。そして、その高い声の持ち主は、私をさえぎるように机に身を乗り出してきた。

「久しぶりスティーブン!」
「エリザベス、ほんとに久しぶりだね」
「連絡してくれるはずだったのに、待っても待っても貴方からの電話が無いんだもの」
「仕事が忙しかったんだよ」

なんてしらじらしい会話なのかしら、と思いながら映画のワンシーンを見るようにその会話を聞いていた。

「この子だぁれ?」

きっと彼女は私なんかほっておいて彼と話すものだと思っていたから、全く何も考えていなかったのだけれど、
振り返った彼女の顔がホントに、女性の嫉妬丸出しで、ああそんな顔をする必要はないのに、と思いながら私は仕事モードに入る

「初めまして、部下のです」

嫉妬している女性ほど、面倒なものは無い。嫉妬というものは、同じ立場だから起こるものなのだ。
つまり私は彼女と同じ立場ではないと明確にすればいい

「スターフェイズさんにこんな綺麗なお知り合いがいるなんて知らなかったです」
「あら、ほんと?」
「ええ、彼は職場でも私生活が謎に満ちてますからね」

と言って笑えば、彼女は本当に私を部下だと認識したようで、またスティーブンさんの方へくるりと顔を向けた。
ふわっ、と香水の香りが鼻孔をくすぐる。ああ、こんなにいい紅茶を飲んでいるのに、と残念な気持ちになった。
高い声に対して、時々、スティーブンさんの低い柔らかな相槌が聞こえてくる。本当に、映画のワンシーンのようだ。

「ごめん、エリザベス、そろそろ戻らなくちゃならないんだ」
「ええー、」
「必ずまた連絡するよ。」
「じゃあこの間言ってたレストランがいいわ」
「分かった、わがままだなぁ」

立ち上がったスティーブンさんにすり寄る姿はお似合いと言えばお似合いだ。抱きしめて頬にキスする瞳が死ぬほど冷めていなければ。


「あ、はいはい。」

、だって。その口からファミリーネームが出たことはなかったものだから一瞬、誰のことかわからないくらいだった。
荷物を持ち上げると、スティーブンさんが流れるように半分、持った。

「じゃあね、スティーブン!」
「ああ、気をつけて」

彼女が振り返った瞬間、スティーブンさんの顔と言ったら、
そりゃあもうザップがいれば泣いていたんじゃないかってくらい、怖い顔だった。

「ごめんね、
「いえ、大丈夫ですよ。なかなかパワーのある方ですね」
「あれでも持ってくる情報はいいものだからね、機嫌を損ねたらまずいんだ」
「なるほど」
「ああいうタイプの女は、嫌悪感しか覚えないけどね」
「最低じゃないですか」

歩きだしたスティーブンさんと一緒にHLの街並みを歩く。二人とも、なんとなく黙って歩く。
私はスティーブンさんが好きでも嫌いでもないから、気まずくならなくていいのだけど。

「ああ、理由」
「えっ?」
「明確な理由って、」
「・・ああ、さっきの」
「一個思いつきました」
「なに?」
「大勢多数の中の、一人になりたくないんです」

信号が青になった。
スティーブンさんは何も言わなかった。言えなかったの、間違いかもしれないと思うのは自意識過剰だろうか。



「好きなんだ」
「はい?」
「君のことが」
「はぁ?」
「僕だけの女性になってくれないか?」
「いやです」

二回目はスポンサーの一人が開催したパーティ―の雑踏の中でだった。大口のスポンサーで「是非」と言われれば「勿論」と答えるしかない。
パーティに一人で行くわけにもいかず、じゃあ誰をパートナーに選ぶか考えながら事務所に帰ってスティーブンさんに報告すると「ドレスは水色にしなさい」と言われた。
なんでドレスの色なんか指定されなきゃならないんだ、と眉間にしわを寄せると「僕が一緒に行くよ」と付け加えられる。
あれよあれよと言う間にオールバックの伊達男と水色ドレスを着た私がパーティ会場の入り口に立っていると言うわけだ。伊達男の胸には私のドレスと同じ色のハンカチ。

「なんでかなぁ。顔はいい方だと思うよ。自分で言うのもなんだけど」
「オールバックしてるのは、カッコいいですよ」
「ほんとかい!?」
「ほんとです。」

カクテルグラスを持って大富豪たちが談笑しているのを壁にもたれて二人で眺める。
私たちの目線が絡むことはない。でも声のトーンから本当に嬉しかったんだと分かって笑ってしまう。
まるで母親に褒められた子どものような声だ。

「金も持ってるし」
「まぁ役職手当出ますからね」
「家もいいよ。」
「ゲストルームの数に驚きました」
「優しいし」
「自分で言うな」

カクテルを一口。ふわ、と口内に広がる香りと、喉を通って落ちて行く雫を味わってちょっと笑みを浮かべててしまう。
甘口のカクテルは私の口に合っていた。

「かわいいなぁ」
「やめてください」
「おいしかった?」
「・・・・・」
「美味しかったんだ」

同じ銘柄を用意しとくよ、なんて言われて過去に落ちなかった女性はいなかったんだろうな。私は嫌だけど。
遠くから私の方へ近づいてくる恰幅のいい初老の男性と金髪の若い青年が近づいてきた。ああ、ロシアのマフィアだ。と思いだす

「今晩は、Mr」
「やぁ、、この会場で一番美しい女性は間違いなく君だ」
「いいえ、Mrの新しい愛人に負けるわ」

手の甲にキスされて、それから少し笑って皮肉を一つ。マフィアの男はこう言う会話が大好きだ。

「これが息子だよ。」
「こんばんは」
「貴方が・・・父がよく言ってる女性ですね。今晩は」
「Mrに似てないわ。とっても爽やかだし、礼儀正しい」
「私だってカッコいいし、素敵だろう

するりと腰に周った手。身体をMrに少し傾ける。

「少し借りてもいいかな?」
「ええ、どうぞ」

Mrがスティーブンさんに声をかけた。彼はグラスを少し上げながら小さく笑う。

「あれがライブラのトップかい?」
「静かに、Mr。秘密、よ。」
「どういうことかな?」
「今日の彼は、私のパートナーってことよ」
「明日の彼は、君の旦那様かな?」
「やだ。明日にはきっと彼、冷血漢に戻っちゃうわ」

それから息子さんと一曲踊って、Mrに挨拶する。時間も時間だし、スポンサーに声をかけて退室しよう。
スポンサーは「秘密結社」らしい人間をパーティに呼べる力を持っていることがアピールできればそれでいいんだろうから。
スティーブンさんが立っていた場所を見れば、そこにはもう彼の姿は無い。そっとパーティ会場を抜ける。外の空気でも吸いに行ったんだろうか。
がた、と音がして廊下の端のドアが開いているのが見えた。それから扉の前にスティーブンさんが胸に入れていたハンカチが落ちていた。
ハンカチを拾ったついでに部屋を覗くと、白い肌が暗闇の中ではっきり見えた。
赤いドレスの女性が男性の膝の上で赤い唇を彼の耳に寄せている。何やら楽しんでいるらしい。
こういうパーティではよくある光景だ。踝を返そうとしたところで聞きなれた低い声が耳に飛び込んできた。

「レディ、こんなところで・・・」
「スティーブン、だまって。言うこと聞きなさい」

ああ、あの女性はスティーブンさんの関係者か。まぁじゃあ仕方がない。彼には一人で帰って来てもらおう。
出口でコートを受け取ってタクシーに乗り込む。彼を待っていたら朝になる。そう言えば二回目の告白の理由を言っていなかった。
私はスマートフォンを取りだして彼あてにテキストを一つ。『私、意外と寂しがり屋なので、一人で過ごす夜が怖いんです。』
不眠症のけがあるのは彼も知っていることだし、嘘ではないが少し意地悪だっただろうか。
まぁこのテキストを彼が見るのはもっともっと夜が更けてからだろう。