上司はそれでも優雅だった。
新しいシャツに腕を通し、寝癖を軽く手で押さえながらマグカップを用意する。
マグカップは三つ。二つはコーヒー。
きっと今まで自分の人生の中で呑んだこともないような味と値段のものだろうとおもう。
そしてもう一つには紅茶が注がれた。
慣れた手付きで角砂糖を4つ。多くないか、と思うが声は出ない。

「で、クラウスまで何してるんだよ」

キッチンのカウンター席に大きな体を小さくして座っていたもう一人の上司の前に、こと、とマグカップが置かれた。
僕ら?僕らと言えば体の芯が凍ったようにがちがち歯をならして足が床にくっついたまま、動けなかった。 寝室からキッチンまで30歩ほどが人生最後の歩くと言う行動だったかもしれない。

「いや、スティーブン、私も悪ふざけがすぎた・・・と思う。」
「どういう経緯か話してくれるかい?」

遠くでシャワーの音が聞こえる。
ここに居ないたった一人の女性が、遅い朝に熱いシャワーを浴びていることだろう。
と思ったら先ほどの暗闇の中に浮かんだ白い肌が脳裏によぎった。
忘れろ!と念じる前にスティーブンさんが笑っているのが見えた。
隣で氷塊の中で死にそうな顔をしているザップさんが言っていた。
番頭は、怒ると、笑う。

「昨日、パトリックとザップとレオナルドの4人で麻雀をしていて・・」

そもそもクラウスさんは参加しない予定だった。
だけどザップさんが悪ふざけで呼びだして4人で麻雀をすることになったのだ。
ウィスキーが脳みそに回ったパトリックさんが罰ゲームが無きゃ面白くないといいだして、負けたのはザップさん。
そして罰ゲームはスティーブンさんの家に突撃すること、だったのだ。
スティーブンさんはクラウスさん以外の仲間を家に呼ばない。
だからSS先輩がクラウスさんに頼みこんでここまで来たのだ。
僕はと言えば死にたくないと抵抗したものの、血法で引きづられてここまで連れて来られた。

「なるほどなぁ。全く。クラウスもよくそんなことに付き合ったなぁ」
「む・・昔は良くやっていた・・ので懐かしくなって」
「牙狩り時代だろ?幹部の部屋からバーボン盗んでくるとかやったよなぁ」

軽い足音が近づいてくる。
き、とドアを押してやってきたのはすっかり起きたさんの姿だった。
先ほどの気だるさのある姿ではなく、ワンピースというラフな私服に変わっていた。

「あれ。クラウスもいたの?」
「うむ・・すまない、休日だというのに・・・」
「おはよう、はい。これ」

さんは猫舌だ。彼女に手渡されたマグカップの甘すぎる紅茶はきっと彼女の舌に丁度いいくらいの温度になっていることだろう。
するり、とライブラの伊達男の腕がさんの腰にまわって、さんも特に抵抗せず伊達男の腕の中に身をゆだねた。
仕事場ではあまり見ない二人の距離感だ。

「私たちはお休みだけど、クラウスとザップは出勤じゃない、今日。」
「うむ。そろそろ行くとする。」
「レオ君だってバイトあるし、ほらスティーブンさん技解除してあげてよ」
「でも俺はこいつらから謝罪は受けてないんだよ」
「まぁ喋れないしね」
「ザップの顔色が面白いことになってきたな」
「伝染病にかかった患者みたいだね」
「もう少し見てたら面白いかもしれないけど、」
「だめ、撮りだめしたドラマみるって約束たでしょ、」

傷の入った頬にキスするさんに分かりやすくほだされている氷の男。
僕らは遠くなる意識の中で、にこにこと笑うクラウスさんと
緩やかな朝の会話を楽しむスティーブンさんとさんの声を聞いていた。
僕らの雄姿を是非、覚えておいてほしい。