がったがったと揺れる軍用車両。遺体は全てあの場で燃やされ、家族には嘘の報告がいく。
私が殺した彼の隊長にペンダントを渡しておいた。きっと奥さんの元へ帰れることだろう。
荷台の端に、岩石のように押し黙る男がいた。赤い髪の、男。
私は、彼とは対照の場所に座って、外を眺めていた。彼はきっと軽蔑をしていることだろう。
私が人を殺したことを。そして悔やんでいることだろう。人類の希望になってしまったことを。

「やぁ」

揺れる車両の中を器用に歩いて、私の隣にスターフェイズさんが座った。

「どうも」
「一言、感謝をと思ってね」
「はぁ」
「クラウスには、彼を殺すことはできなかっただろうからさ」
「私がやらなきゃ貴方がやろうとしていたでしょう」
「まぁ。そりゃね、あそこまで感染が広がっていたら、もう駄目だ」
「クラウスさんは、それでも助けようとするんですね」
「そういう男なんだ」
「人類の希望、かぁ。」
「うん?」
「いいや、なんでもないです」
「気になるじゃないか。」
「かわいそうだなぁと思いまして」

スターフェイズさんは。真っ赤な瞳を丸くさせた後、全て悟ったように、乾いた笑みを浮かべた。

「人でなくなる前に殺したから、私はきっと人殺しですね」
「人でなくなる前に殺したたから、君は彼を救えたんだ」

ぽん、と頭の上に置かれた手のひらが、やけに冷たかったことが、彼の捻くれた暖かい心を隠しているように思えた。



ドンチャン騒ぎの酒場を抜け出して、バルコニーで風に当たる。
椅子に座って、笑い声を聞いていると、生きていることが実感できた。
酒場に入っていい年齢じゃないだろうという人は一人もいないし、自分は飲酒していないのだから許してほしい。
生きて帰ってこれたこと、救えた命、救われた命、全てのものに感謝して、
生きて帰してやれなかったこと、救えなかった命を刻み込むために、大人は馬鹿みたいに酒をあおっていた。

「レディ」

私をレディなんて呼ぶ人は、牙狩りの中で彼しかいないだろうな、と思わず笑ってしまった。

「なんですか、ラインヘルツさん」
「隣に座って、いいだろう、か?」

どうしてそんなに遠慮がちに提案してくるのだろうか。
その時だけ、彼が20を前にした青年ということを表していてまた吹き出しそうになる。

「どうぞどうぞ」

彼は大きな体を揺らしながら私の隣に座った。

「今日のことを、なんて言おうか迷っていて」
「ええ、」
「レディには、辛い思いをさせた」
「その前にレディっていうのやめてもらえません?ミーアでいいですよ」
「では、私の事もクラウスと」
「ええ、勿論」

クラウスさんは、手元のビール瓶を不必要に揺らしながら次の言葉を探しているようだった。
戦場ではあれだけ大きく見えた身体が、今では小さく見える。

「クラウス、貴方は人類の希望なんかじゃないわ」
「む、」
「貴方はやるべきことやって、私もできることをやった」
「・・・・しかし、レディ・・いや、あの、ミーアのような女性に、引き金を引かせるべきではなかった、と・・その」

私のような女性、ではなく彼が指しているのが「私のような子どもに」ということだろう。
たった2歳しか変わらないのに、貴方だって戦場で拳を振るうのはおかしい歳よ。ほんとなら
しかし、それを言っていいのか悪いのか、言葉を選ぶ姿に、彼の優しさが詰まっている。
可哀想だ。こんなにも慈悲に溢れる人なのに、拳を上げ、戦いに身を投じなければならない

「本当に、可哀想ね」
「ど、どういう意味だろうか」
「クラウスは、人類の希望なんかじゃない。ただの人間。救えないことだって、あると言うこと。」
「・・・・・、」
「貴方が背負うべきものだけ、背負ったらいいんじゃないかなぁ。たとえばスターフェイズさんとか?お友達なんでしょう?あとはあなたのお師匠様とか。
貴方は人類すべての命を背負う必要なんてないんじゃない?おこがましいわ、それをやるのは神様だけよ。クラウスの腕は二本しかないんだから。」
「ではせめて・・・私に、君のことも背負わせてほしい」

エメラルドグリーンがまっすぐ私を見つめている。彼の後ろで細身の誰かが気まずそうに身じろぎしたのが見えた。
きっと私とその細身の誰かが考えていることは全く一緒だろう。これはまるで、告白のようだ。

「知ってる?この部隊で初めてわたし、十代の人と出会ったの」
「私もだ。」
「十代の人って取っても貴重なのよ、だからお友達になって欲しいわ」
「勿論!」

彼の顔がほころんで、まるで花が飛ぶような光景だった

「友人って言うのはクラウス、貴方が私を支えて、私も貴方を支えるってこと。どちらかが重くてもだめなの」
「・・・・なるほど、では私もミーアに任せよう。とても」
「なに?」
「心強い」

嘘つき。きっと私なんかの力じゃ彼を支えることはできない。でも、彼を支えようという人間は大勢いるだろう
彼は、安心したように笑みをこぼした。
彼にその気がなくて、私にその気がないのだけれど、これは立派な愛の告白のようだと、笑ってしまう。なんて血なまぐさい誓いなんだろうか!



ぱち、と目が覚めて、辺りが真っ暗なことに動転した。
長く、深く、懐かしい夢を見ていた。ここが何処で、今がいつなのか、一瞬、分からなくなったけれど、
隣で穏やかな寝息を立てている赤い髪の男性が、夢の中の彼よりも少しばかり大人になっていることが、ここが何処で今がいつか証明していた。

「ん、ミーア・・・?」

彼の腕の中にもう一度、もぐりこむと、大きな体が動いて、私の背中をしっかり抱きこんでくれる。ここは、世界で一番、安心できる場所だ。

「なんでもないよ」
「・・・・・・うむ」
いつだったか、彼がその気になって、私もその気になって、キスを交わした私たちは、
こうして同じベッドで安寧を共にする関係になった。私たちは今日も、明日も、世界を救うために奔走する。