がったがったと揺れる軍用両車の荷台に揺られて2時間ほど経った。
今からいく村は、既に崩壊しており、300人ほどがグール化していると聞いている。
ただ、それは二時間前の話。つまり二時間前には、まだ生存者がいたということだけど、
きっと今更いったところで、その生存者もグール化しているだろう。
つまり、我々の仕事は、グールを一人残らず、殺すことだ。
人だったものを、人でなくなったものを、これ以上の感染を防ぐために、殺すこと。
先行部隊と連絡が取れなくなって、2時間。先行部隊が生きているという可能性は、極めて低い。
村に付くと誰しもが無言で、村内を目指す。
先頭は私。たかだか17歳の女の子に、先頭をと言ったのは隊長だった。
最早、私の隊にその命令に意見する人はいなくなった。私は、対BB用人間ではないが、自身を死ににくい化物だと自覚している。
私が先に入る。ずる、ずる、とグールが出てきた。
じゃり、と地面を踏みしめると、私を中心にして円状の魔法陣が広がって行く。
そして指を鳴らす。ぱちん。乾いた音。陣の中に居たグールが次々と炎に包まれ、肉が焼ける匂いが、鼻孔を占領した。阿鼻叫喚の世界だ。
それを合図に隊員が村の中に広がって行く。私も、仕事をしよう。



村から少し離れた場所から救助連絡が入り、私は一人でそこに向かった。
焦っていて、何を言っていたかあまり分からないが、どうやらBBが出現したらしい。

「はやくきてくれ!はやく!!!!」
「すぐに行きます!隠れていて下さい!!!」

耳元で質の悪い音声の向こうにある悲鳴に答えたのが先だったか
ヘリコプターから飛び降りたのが先だったか。
落下ダメージを軽減するために指を鳴らして浮遊の魔法を使い、空中を駆ける。
魔法はけしてなんでもできるものではない。そこにあるものを増幅させ利用するだけ
落下しながら目を凝らすと、赤い何かが揺れて、砂埃の中に、足を付き、防御の姿勢を取ろうとしている誰かが見えた。
辺りは、十字架が乱立していた。滑空しながら身体をひねり、BBに蹴りを入れると、誰か、とBBの間に距離が出来た。
地面に着地し、右手を振りおろしたときには、右手にレーヴァテインの槍がしっかりと握られていた。
BBは空を割いた切っ先から逃れ、何歩か後ろに下がる。
右足に力を入れ、槍を投げる。レーヴァテインの槍は、敵を間違えたりしない。
最強と言われるBBが、まっすぐ飛んできた槍さえ避けられなかったのだ。
BBの身体に打ち込むと、一瞬、BBの顔に絶望がうつり、彼は笑った。

「同族殺しが!!!!!!!!!!!」
「煩い」

そんな言葉に傷つくほど、思考も、体力も、残っていなかったのが本音だった。
BBの崩壊を見届けて、右手を空に伸ばすと、レーヴァイテンは私の手の中におさまった。
砂埃が落ちついて、振り返ると、赤く燃えるような髪が視界に入った。
彼は立ち上がり、私の姿をまっすぐ、見つめた。エメラルドグリーンの瞳が宝石のように輝いていた。ああ、そうか。彼が

「ラインヘルツ家の、」
「クラウス・V・ラインヘルツです。レディ、一度お会いしているんだが・・確か、2年前に」
「あ、えーっと、ごめなさい、そうでしたっけ・・?」
「クラウス!」

曖昧な笑顔に嫌な顔もせず、差し出された大きな手に、私は、自分の手を伸ばす
私の小さな手が包まれているのを不思議な気持ちでながめていると、男性の声が彼を呼んだ。
ブルネットの髪が彼越しに見える。あれはエスメラルダ女史のお気に入りだ。

「スティーブン・A・スターフェイズ・・・・」
「彼とも会ってるはずだが、覚えてないだろうか」
「ほんとですか?えっと・・ごめんなさい、でもお噂はかねがねってところです。貴方も彼も有名だから」

クラウス!こっちへきて来てくれ!しびれを切らした声に私たちは彼に駆け寄る。
そうだった。この二人が救助要請を出したのではなかった。
崩れた壁際に、男性が一人、倒れていた。

「ああ・・・・・やっぱ・・り・・そうだだった・・・神に愛された男だった・・か。」

とぎれとぎれの言葉を拾おうと、クラウスさんはしゃがみこんだ。

「すぐに救助班を連れてくる。」
「いいや・・・だめだ。ここで・・・殺してくれ」
「・・・何を言っているのだ!君は助かったんだ!」
「グールにやられた。」

見れば分かることだった。腐敗しかけた腹を、彼は必死におさえていた。
大きな体が、黙りこんだ。傷が広がり、理性を失うまで、あとどのくらいだろうか。

「いいんだ・・いいんだ・・・・あなたの拳が・・・貴方の戦うところが・・みれたんだ・・・じんるいのきぼう・・・ころしてくれ・・」
「いいや、諦めるべきではない。方法は」
「ありませんよ。」

驚くほど、冷たい声だと、自分でも思った。ホルダーから銃を抜くとクラウスさんが立ち上がった。
私の何倍もある大きな手が、制止するように銃の上に置かれる。
なんて残酷な事をするなんて優しい人なのだろうか。
このままでは、彼は理性を失い、仲間を襲うと言うのに。
スターフェイズさんは、黙って私たちのやり取りを眺めていた。

・・・・・・・」
「ええ。こんにちは」
「悪い・・・。」
「いいですよ。」
「これ・・・、これを・・・妻に・・・」

差し出されたペンダントを確かに受け取る。
彼の戦う理由がここにあった。彼の瞳から、涙がこぼれおちた。
その美しさはどんな宝石にも負けていなかった。
「はやく・・・ておくれ・・に、」
「お疲れ様です。神様によろしくお願いしますね。」

いつだって、気の利いた言葉が出て来ない。
彼が、少し笑ったように見えた。右手を伝う重みが人の命の重みなのだろうか。
こんなに軽いはずもない。銃をホルダーにしまうと、何か言いたげに私を見つめる男が二人いた。